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Keiko Iris Yamada
管理者
その他
プロフィール
登録日: 2026年3月3日
記事 (21)
2026年10月21日 ∙ 7 分
結果が見えないときに何を信頼し、なぜ種を蒔き続けるのか
種を蒔いても、期待したように実が育つとは限りません。私たちの努力だけではどうにもならないことがあり、結果が見えず、疲れてしまうこともあります。
詩篇126篇には、過去に神様が成し遂げてくださったことを喜びつつ、今の苦しみからの回復を願い、涙とともに種を蒔く人の姿が描かれています。
《喜びの讃歌》を描いた時、私自身も神様への感謝と、思いどおりにいかない現実の間にいました。手元にある絵の具は限られていましたが、讃美歌「Great is Thy Faithfulness」を聴きながら、神様の真実さを思い起こして描きました。限られた色だからこそ生まれたものもありました。
結果が見えず、種を蒔き疲れてしまった時、私たちは何を信頼するのでしょうか。苦しい現実から目をそらすのではなく、その中でも神様がどのようなお方かを思い起こすことが、希望と今日を歩む力につながります。
音楽を聴きながら、今の思いを自分の言葉で神様に祈ってみませんか。
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2026年9月21日 ∙ 8 分
努力という泉が枯れた時に
この作品《Wells of Salvation(救いの泉)》は、イザヤ書12章3節「あなたがたは喜びながら水を汲む。救いの泉から。」から着想を得ました。
私たちは人生の中で、「ここから抜け出したい」「救われたい」と思うことがあります。頑張ることで乗り越えられる時もありますが、「努力という泉」が尽き、自分の力ではどうにもならない現実に直面することもあります。
私たちは無意識のうちに、「自分で描いた人生の設計図を実現できれば幸せになれる」と考えているのかもしれません。しかし、その設計図が砕かれた時、何を頼りにすればいいのでしょうか。
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2026年9月12日 ∙ 3 分
チェロを食べた人
Bread of Life, 2019 20x10 inch Acrylic on Canvas この作品は「命のパン」と題して、ヨハネの福音書6章48節から着想を得ています。 その聖書箇所でイエスはこのように言っています。 「わたしはいのちのパンです。」 この作品がヨハネの福音書6章48節から着想を得たものなら、パンはどこにあるのかと疑問に思うかもしれません。 詳細に入る前に、チェロを食べた男について話したいと思います。 ある日、私は音楽家が集まるカンファレンスに参加していました。ゲストスピーカーは、世界的に 有名なチェリストの一人でした。参加者たちは、彼に直接質問できる機会に興奮していました。 その中の一人が手を挙げて尋ねました。 「私たちは楽器をもっと音楽的に演奏するにはどうすればいいですか?」 彼は少し間を置き、こう答えました。 「チェロを食べなければならない」 会場は笑いに包まれました。戸惑う人もいれば、冗談だと理解して微笑む人、目を丸くする人も いました。 私はそれが非常に深い意味を持つと思いました。彼が言いたかった...
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