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人につまずかない親切


Though the Mountains be Shaken and the Hills be Removed

(2nd painting of Pursuing Love Series)

Artwork inspired by Isaiah 54:10

Keiko Yamada

Acrylic Painting on Canvas

24 x 30 inch


今日の作品は、たとえ山々が移り、丘が動いても」というタイトルの作品です。右上には揺れ動く山々や谷、そしてそれとは対照的に、水のほとりに植わった木が色鮮やかに立っています。

このように山々が移り、丘が動いている絵を見て、不思議に感じるかもしれません。


でも実際に私たちの日常生活でも、これさえあれば大丈夫と思っていたものが移り、動いてしまう時がないでしょうか。


学校で親友と意外な喧嘩になった時。

仕事がうまくいかない時。

信頼していた人に裏切られた時


そんな中で、私たちは安定を求めて、揺らがない何かにしがみつこうとするのではないでしょうか。


たとえ山々が移り、丘が動いても」というタイトルは聖書のイザヤ書54章10節から得たものです。


この聖書箇所には、移り変わる山々や丘と同時に、決して移り変わることのない「何か」についても書かれています。この絵を味わいつつ、ぜひその内容にも触れていただければ幸いです。


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📖 立ち止まって考えてみませんか
この世で「揺れ動かない確かなもの」など存在するのでしょうか?
揺れ動かないと信じていたものが実はそうではないという経験はありますか。

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イザヤ書54章に現れる神の親切


イザヤ書54章10節はこう書いてあります。

たとい山々が移り、丘が動いても、わたしの真実の愛はあなたから移らず、

わたしの平和の契約は動かない。ーあなたをあわれむ方、主(神)は言われる。


神はどんな相手に、どんな状況の中でこのようなことを言われたのでしょうか。


「イザヤ書」は聖書に含まれている66巻の一つですが、内容はこのようなものです。神様を無視して罪を犯し続けて、自滅の道へ向かっていたイスラエルの民たちに対して、神が預言者イザヤを通して語った内容です。


イザヤ書はざっくり2部分に分けることができます。


前半(1−39章)は、そんな民がこのまま行けばバビロンという国に捕囚の身として捉えられるという神の忠告。


そして後半(40−66章)はそれでも反抗し続けるイスラエル民族の頑なさを知っていた神が、前もってイザヤに将来のイスラエル民族たち、つまりバビロン捕囚の状態にあるイスラエルの民たちに、慰めと希望を与えるために救いの 約束を書いた内容でした。今日の聖書の言葉も慰めと希望を与えるために書かれたものです。


たといあらゆるものが移り変わっても、わたしのあなたに対する愛は変わらない、移り変わることはない、と。「わたしの真実の愛」は、英語聖書のESV訳ではEverlasting Kindness וּ ְב ֶ ֥ח ֶסד (ū·ḇə·ḥe·seḏ)つまり、日本語の「親切」にも関係する言葉です。


それゆえ、この箇所は、永遠に変わらぬ親切を持って、とも理解できる箇所です。


それは相手がどんなに自分に対して反抗しても、敵対心を持っていたとしても、神が愛であるゆえに、相手の益を思って行動する愛です。


だからと言って、神が彼らの間違いや罪を「親切に」見逃した、見て見ぬふりをしたわけではありませんでした。本物の親切は相手が「滅ぶ」のではなく、「鮮やかに生きる」ことをのぞみ、行動するからです。


イスラエルの場合、預言者イザヤを通して1−39章と言う長い忠告を受けたにも関わらず、悔い改めること、つまり神へと方向転換することなく、結局バビロン捕囚となってしまいました。


神様は、それをあるがままにされたのです。


でも、イスラエルをお見捨てになったのではなく、この状況を通してでも彼らにこのままでは自滅に至るという現実に気づかせるためでした。イスラエルを思うからこそ、忠告し、懲らしめたりしました。


「懲らしめ」というと語弊があるかもしれません。


受けた方は、懲らしめてもらえて嬉しい!とはすぐには思えないものだからです。


逆にいえば、与える側にとって、一番面倒で、嫌われるリスクがあるのが懲らしめではないでしょ うか。このことは、私自身の体験でも感じたことがあります。


私は大学卒業後の初めての職場で、何かと注意してくる上司が苦手でした。


その時はありがたく思わなかったのですが、今となってはそれが私が社会でもちゃんとやっていけるように指摘する親切だったのだとわかりました。


このように、自分がどう思われるかよりも、相手のことを思う親切は、時には厳しく見えてし最初は「親切」に思えない時があるかもしれません。この世には、自分をよく見せるための「偽りの親切」の方が多いかもしれません。しかし、神の親切は状況や気分によって変わることなく、ひたすら私たちを生かし、救い出すためにあらゆる方法を使われる方です。






🙏 祈りの提案:  
神様、目に見えるものは、いつか揺れ動き、滅びてしまいます。でも、あなたの私に対する親切と愛は決して揺れ動くことがないことを感謝します。その揺れ動くことのない土台に人生という家を建てる者とさせてください。イエスキリストの御名で祈ります。アーメン。

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読んでくださりありがとうございます!God bless you!





 
 
 

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