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行き止まりだと思った、その先に


Love that gave Himself by Keiko Iris Yamada

Parting the Red Sea 開かれる紅海

(3rd painting of revelation 22 series)

Artwork inspired by 1 John 5:6

Keiko Yamada

Acrylic Painting on Canvas

24 x 30


この絵画は『Parting the Red Sea 開かれた紅海』です。星々がきらめく夜空の下、赤みを帯びた海に今まさに道が開かれようとする瞬間を描いています。砕いた卵の殻をキャンバスに散りばめた上から絵を描いたため、表面はモザイクのような独特の質感になっています。


卵のかけら

卵の殻を砕く時に響く、あの「ぱきっ」という音。その音に耳を傾けながら制作していると、さまざまな出来事をを思い巡らせることがあります。そしてある時、その「ぱきっ」という音が、自分の心が砕けるような感覚と重なったことがありました。


行き止まり〜開かれなかった道


それは、アメリカに滞在し続けるため、学生ビザから別のビザへ切り替えを申請していた時のことです。


そのビザは必要書類をそろえること自体が非常に困難で、多くの方々に助けていただきました。それにも関わらず、申請拒否の通知を手にした瞬間、それが私とっての「ぱきっ」でした。


もし心を卵の殻に例えるなら、あの殻が砕ける音とともに、言葉では言い表せない喪失感が押し寄せてきたことを今でも覚えています。


人生で最も長く暮らしたアメリカには、数え切れない思い出があり、大切な人とのつながりが築かれていました。その国での「居場所」を一瞬にして失い、「滞在許可を失った外国人」という理由だけで、有無を言わず外へ押し出されたような感覚でした。


当時の私にとっての”紅海”は開かれませんでした。


紅海が開かれる場面は、古くから多くの芸術家によって描かれてきた、聖書の中でも特によく知られた場面の一つです。前方には敵であるエジプトの軍、背後には紅海。逃げ場のない状況に追い込まれたモーセとイスラエルの民のために、神が奇跡的に海を二つに切り開き、一時的にできた道を通って彼らを救い出した場面です。


この出来事が実際に起こったかと信じるかどうかは別として、私たち誰もが、「この道が開かれてほしい」と願った経験があるのではないでしょうか。


人生の危機に直面した時。

八方塞がりだと感じた時。

解決策が見当たらず、頼れる人もいなくなってしまったように思えた時。


私もまた、アメリカに残る道が、このビザ申請という”海”に開かれることを必死に祈っていました。奇跡を信じ、祈り、自分にできる限りのことを尽くしていたからこそ、その結果はあまりにも残念でなりませんでした。だからといってアメリカを恨む気はありませんでした。ただ、その出来事を通して、良くも悪くも、自分の国籍はやはり日本なのだという現実を改めて突きつけられたように感じました。帰ることのできる国があり、そこに愛する家族がいるとことは本当に感謝でした。しかし、26年間も日本を離れて暮らしていた私にとって、例え帰国できたとしても、社会の中にも、人間関係の中にも、自分の居場所はあるのだろうかという不安がありました。


天の国籍


聖書には、こんな言葉があります。


「しかし、私たちの国籍は天にあります。」ピリピ人への手紙3章20節


この聖書箇所を書いたパウロは、当時多くの人が羨むローマ市民権を持つエリートでした。

しかし、パウロにとっての誇りや喜びはローマ市民権ではなく、キリストのゆえに、自分の国籍は天にあることでした。


この世での人生を終えた時、「お帰りなさい」と迎えられる場所。何ものにも奪われることのない、自分の本当の居場所が天(天国)にある──それがパウロの確信でした。


天国?

特定の宗教に属しているわけでもない人にとっても、「天国」は実在すると信じている人は少なくないと思います。しかし、パウロはどうやって私は天国に入れるという確信を持つことができていたのでしょうか。思い込みだけで行ける場所なのでしょうか。


私もクリスチャンになる前から天国ってどんなところだろう、と考えさせられた時がありました。誰でも死んだ後に自動的に行けるところだとしたら、ヒトラーのように恐ろしい犯罪を犯した人さえも天国にいるのだろうか。もしそうだとすれば、そこはもはや天国ではないよな、など色々考えさせられました。


しかも、私にとって天国とはきよくて汚れのない場所というイメージがあったので、果たして身も心も完全にきよい存在だと胸を張って言えない自分に、果たして居場所はあるのだろうかと思いました。


神の家に入るには

誰かの家に入るには、その家の持ち主に招き入れてもらう必要があります。家族や親しい友人なら、「お帰り」と迎えられるでしょう。


天国は神がおられる場所、神の家、だとしたら、私たちがこの地上に生かされている間にその神を個人的に知る必要があるのではないでしょうか。この地上での人生を終える時、自分がこの地上で知るようになった神がおられる国へ、「ただいま」と帰ることができるのです。


聖書によると、私たちは神の手によって創造され、神の家に居場所があった大切な存在だと書いてあります。どの作品にもそれを生み出したアーティストがいるように、私たちも神の手によって造られた存在です。ただ偶然に偶然が重なって生まれた存在ではありません。


しかし、最初の人類アダムとイブの話でわかるように、人間は意図的に神から離れて、自分を中心に生きることを選んだため、自らその居場所を捨ててしまいました。だから、人間はその家に帰る道も資格もなくしてしまったわけです。


私たちが汚れた思いや考えを抱き、時に間違った行動をしてしまう理由。それは、私たち人間とこの世全てを創造された神との本来の関係から離れてしまったことにあると聖書は語っています。


その神を裏切ったのが私たち側だとしたら、その神との関係を修復するにはどうしたら良いのでしょうか。その裏切りの代価は私たちが持っているものや善行で支払えるものなのでしょうか。裏切った結果として汚れが内側にある人間がその汚れを退き、天国に属するものとなるにはどうしたら良いのでしょうか。


ここで希望となる事実は、神様側が私たちにご自分を再び知って欲しいと願っておられ、私たちが自主的にそのように願い求めることを待っておられることです。その何よりの証拠が、神であられるイエス・キリストが人となって、この地上にきてくださったことです。


魂の居場所を左右する問い

多くの歴史学者や宗教学者は、イエス・キリストが歴史上実在した人物であることを認めています。また、キリストの教えや生き方が、後世に大きな影響を与えたことも広く知られています。


でも、イエスキリストが果たして本当に神、つまり天国に属する存在であり、私たちを天国に迎えることのできる存在なのかという問いに関する答えが異なります。もしイエス・キリストがただの人間であれば、2000年以上前にに生きた人物として、私たちの人生とは直接関係はないかもしれません。しかし、もし神だとすれば、21世紀を生きる私たちにとっても無視できない人物だと思いませんか。



Parting the Red Sea 開かれる紅海
Parting the Red Sea 開かれる紅海


第一ヨハネの手紙5章6節から着想を得た絵


今回の作品、『Parting the Red Sea 開かれた紅海』は聖書に含まれている第一ヨハネの手紙5章6節から着想を得て描いたものです。


この方は、水と血によって来られた方、イエス・キリストです。

水によるだけではなく、水と血によって来られました。

御霊はこのことを証する方です。

御霊は真理だからです。

第一ヨハネの手紙5章6節


この箇所は、初めて読む方にとっては理解するのが難しい比喩的な表現に感じられるかもしれません。大雑把に言うと、イエス・キリストは神でありながら、同時に私たちと同じ人間として来られた方であることを現しています。


汚れた水は汚れた雑巾をきれいにすることはできないように、神の御前に立つことのできない人間の汚れをきよめることができるのは罪のないお方にしか成し遂げることのできないことでした。だからこそ処女降誕という人間にとって前代未聞な方法で人間の姿でお生まれになり、汚れや罪が一つもなかったにも関わらず私たちの代わりに十字架で死なれました。人間側から天国への道を切り開くことが不可能なことを知っておられた神は神側からイエスキリストを送ってくださり、その道を切り開いてくださったのです。


私たちが神に対する過ちを認め、その過ちの代価を代わりに支払ってくださったキリストを知り、神へと方向転換する時、その瞬間から神との関係は回復されます。


それは、地上で残された人生の中で、自分が神にどれだけ深く愛され、知られている存在なのかをしり、その神の恵みと愛の深さを体験できる特権です。

そして、地上での人生を終える時、自分が関係を深めてきた神がおられる天国へ、「お帰りなさい」と迎えられるのです。


切り開かれた海


ビザの申請が拒否されてからどうなったのか、と言うことを最後に分かち合いたいと思います。


クリスチャンだからといって全てのことが順風満帆だとは限りません。わかっているのは自分の国籍は天にあり、その神と今もこの地上で歩む幸いに預かっていることだけです。


ビザの申請拒否があってから、私は日本に戻り、再び同じビザを申請しました。結果が出るのに2年間待つことになりました。「2年も」と長く感じる方もいるかもしれません。しかし、その2年間があったからこそ、私は多くの大切なものを受け取りました。平凡な生活の中に感謝を見出す心、砕かれた不必要なプライド、18年ぶりに一緒に住んだからこそ生まれた家族との会話、家族という存在のありがたさ、新しい出会い、などがあり、結果的にチャレンジと困難以上に、たくさんの想像以上の良きものを得ることができました。


2年後、思ってもいない方法とタイミングでビザを会得することができ、アメリカへの道が開かれました。結果として開かれたビザという紅海以上に、神と周りの人との関係の豊かさという面で大いに開かれた紅海が今の私を形作る大切な土台となっています。


皆さんにとっての紅海は何でしょうか。今まさに道が閉ざされ、まさに心という卵の殻が跡形がないほどに砕かれてしまったという想像を絶するほどの痛みを抱えておられる方もおられるかもしれません。


しかし、私たちを生み出したアーティストである神は私たちを今も愛してくださっています。その神へと向き直る時、私たちの人生の道は、私たち自身の力ではなく、キリストの十字架と復活によって開かれているのです。


その希望が、私たち一人一人の人生においても確かな力となることを願っています。


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🌸 祈りのディスカッション・自己振り返りの提案

1  これは私たちの魂の行き先を左右する大切な問いです。天国は実在すると思いますか。もし実在するとしたら、それはどんな場所であり、どうすれば行くことができると思いますか。


2  居場所を失ったように感じた経験はありますか。その経験を通して、失って初めて気付いたことは何ですか。もし、居場所を失ったとしても、いつでも支えになってくれる避難所のような存在がいるとしたら、皆さんの「今」はどのように変わると思いますか。


3  この絵画は、青・赤・白の三つの色を基調としています。第一ヨハネの手紙5章6節に繋げて、青は水、赤は血潮、白は聖霊を表しています。キリストが天国への道を切り開くために、人の姿で来られた神であり、その復活も実際に起こった出来事だったとしたら、皆さんはどのように応答しますか。



🙏 祈りの提案

神様、今私にとっての紅海を誰よりもご存じでいてくださることを感謝します。それが何らかの理由で開かれようと、開かれまいと、私があなたを求めるならいつでも共にいてくださるお方であることをありがとうございます。どんな時にもあなたがすでに切り開いてくださった『天へと続く紅海』が与えてくれる希望を捨ててしまうことがないように助けてください。


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読んでくださってありがとうございます。God bless you!






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